東京地方裁判所 平成7年(ヒ)727号 決定 1996年6月04日
東京都千代田区麹町5丁目7番地
申請人
秀和株式会社
右代表者代表取締役
小林茂
右代理人弁護士
安西義明
同
稲益孝
同
渡邉幸則
同
近藤浩
同
江口直明
同
石村善哉
同
丹生谷美穂
同
豊原信治
同
山本英幸
同
藤井康広
東京都立川市栄町6丁目1番地の1
被申請人
株式会社 いなげや
右代表者代表取締役
猿渡清司
右代理人弁護士
草野耕一
同
手塚裕之
同
岩倉正和
同
櫻庭信之
同
山口勝之
同
太田洋
同
佐藤丈文
主文
一 申請人の申請を却下する。
二 手続費用は申請人の負担とする。
理由
第一申請の趣旨及び事由
一 申請の趣旨
株式会社いなげやの第45期事業年度(平成4年4月1日から同5年3月31日まで)以降の株式会社ライフボックスへの貸付及び増資資金の払込に関する次の検査事項を調査せしめるために検査役の選任を求める。
検査事項
① いなげやのライフボックスに対する貸付金の回収可能性及び保有株式評価に関する一切の事情(特に,同社の各店舗の収益状況及びその推移,多店舗展開を図るに至った事情,各店舗の立地状況,業界の市場規模の成長度,販売管理費特に人件費が多額に発生している事情,同社設立から第1号店出店までに2年9月もの期間を要した事情,再建計画の内容等)
② いなげやのライフボックスに対する貸付金の回収可能性及び保有同社株式の評価の適正化に関し,いなげやの社内でなされた検討の状況(特に,ライフボックスの再建計画に関し,その実現可能性についてなされた検討の内容及び利用された資料,貸付金回収に至るまでの同社の資金繰りに関してなされた検討の内容及び利用された資料)
③ いなげやのライフボックスに対する払込増資資金の使途,資金の必要となった事情,同社事業に関し当時予測された収益性及び成長性等
④ ライフボックスに対する貸付金の使途,資金の必要となった事情(特に同社から千代田トラストに貸し付けられた事情),貸付日,貸付金額,利率,金利の支払い状況及び返済状況等
二 申請の事由
1(一) いなげやは,昭和23年5月20日,食料品の販売等を目的として設立され,発行する株式の総数2億株,1株の金額50円,発行済株式総数5238万1447株,資本の額89億8110万7000円の東京証券取引所第一部に上場された株式会社である。
(二) 申請人は,いなげやの発行済株式の26.14パーセントすなわち1369万1670株を有する株主である。
(三) いなげやは,昭和62年,住宅関連商品の小売販売を目的とした全額出資子会社であるライフボックスを資本金1億円として設立した。ライフボックスは,平成2年6月に山梨県中巨摩郡竜王町に第1号店(竜王町店)を開設し,営業を開始した。同社の経営状態の推移(各3月期)は次のとおりである。
平成4年 5年 6年 7年
売上予測 38億円 49億円 38億円
売上高 34億円 32億円 31億円 26億円
販管費 13億円 12億円 12億円 12億円
当期損失 9億円 7億円 7億円 8億円
純負債額 15億円 15億円 22億円 29億円
この間のいなげやのライフボックスに対する貸付金の増加額は,平成5年3月期16億円,同6年3月期10億円,同7年3月期4億円であり,同5年3月期から同7年3月期までの貸付金累積額は30億円である。ライフボックスに対する右貸付金の回収が困難になり,いなげやは,その金利1億5600万円の免除を余儀なくされるに至った。
また,いなげやは,同5年3月期にライフボックスにつき約7億円の増資を行ったが,同7年3月,ライフボックスは,資本金を11億9000万円から1億1900万円へと無償減資を行った。
(四) いなげやは,同4年ないし同6年各3月期のいずれにおいても,その有するライフボックス株式については評価減を行わず,ライフボックスに対する貸付金についての貸倒引当金は法人税法の規定による限度相当額まで計上したが,回収不能見込額の控除をしなかった。
2(一) 右の諸事情に鑑みると,遅くとも平成4年3月の時点においてライフボックスの経営が破綻していることは明らかであったのに,いなげやの取締役は,事業継続に関する適切な経営判断をせず,損失拡大阻止のための有効な措置をとらないまま事業を漫然と放置し,また,回収可能性の検討や同社の再建策の構築を十分行うことなく,漫然と同社に対して貸付及び増資額の払込を行い,その後の貸付累積額30億円及び増資払込金額7億円の合計37億円について回収不能とする財産的損害をいなげやに与え,ライフボックスに対する貸付金についての同6年4月以降の金利免除を余儀なくされるという損害をいなげやに与えたとの疑いがある。
また,いなげやは,右の時点において,同社の資産状態が著しく悪化しその回復の見込がないことが明らかであるにもかかわらず,いなげやの有するライフボックス株式について,同4年ないし同6年各3月期のいずれにおいても評価減を行わなかったし,右各3月期のいずれにおいてもライフボックスに対する貸付金について取立不能のおそれがあるのに,法人税法の規定による限度相当額までしか貸倒引当金を計上せず,取立不能見込額の控除を行わなかった。
(二) 前記のとおり,「会社ノ乗務執行ニ関シ」,商法254条3項・民法644条,商法285条ノ6第3項及び同285条ノ4第2項に「違反スル重大ナル事実アルコトヲ疑フヘキ事由」があるから商法294条に基き会社の業務及び財産の状況を検査するため検査役の選任を求める。
第二当裁判所の判断
一 本件記録及び審尋の結果によれば,前記申請の事由一項記載の事実(ただし,平成5年3月期の増資額は正確には6億9500万円,同7年3月期の当期損失は約7億円であり,ライフボックスに対する貸付金についての同6年4月以降の金利は,免除されたのではなく猶予された)のほか,次の事実を認めることができる。
1 いなげやは,東京を中心とした食品スーパーマーケットの店舖展開を行い,本部と物流センターを中心としたドミナント形成を狙った(領域確保型の)出店戦略をとってきたが,チェーン網の拡大を図るため,出店エリアをこれまでのエリアの外周に求める必要があり,また,関東地方全域に勢力圏を形成することがいなげやグループ戦略の鍵であると考え,競争力を強化するためには商業集積を形成しなければならず,食品以外の新分野へ進出する必要があり,そのための業態開発がグループ戦略の重要な柱であるとするに至った。
ライフボックスは,右のグループ戦略を背景として,商業集積の核となるホームセンターという新分野の関東全域におけるチェーン展開を目的に設立され,同2年度から営業が開始されたが,当初予想された量販が困難であり,計画どおりの収益を上げることができなかったこともあって,前記のとおりの債務超過を抱えるに至った。
2 いなげやは,平成4年3月から同6年3月にかけて,ライフボックスの営業政策を売上高拡大を中心とする営業政策から収益向上を目指して,業態の変更を行い,これに伴いコスト削減・利益率の改善を図る一方,多店舗展開によるチェーン・メリット(本部経費の吸収・チェーンオペレーションノウハウ)の追求をすべく諸施策を行った。
すなわち,いなげやが竜王町店を大型家電等の高額品も含め,広範囲の商品の薄利多売を目指すディスカウント・ストアとして企画し,同店は売り場面積1000坪の大型店舗として発足したが,経営環境が変化し,坪当たり年商は高いものの,計画どおり粗利益が出ないため,経営戦略の見直しを行い,商品政策を変更して,商品を絞り込んだいわゆるバラエティ・ストアとしての業態で,450坪タイプと600坪タイプの二パターンにより,ローコスト店舗化,ローコストオペレーション化(人件費の大幅な削減)を図り,チェーンストアとしての多店舗化を進めるべきであるとして,同5年7月に,竜王町店の売場面積を約半分の580坪に縮小した。第2号店である日高店も同様に同4年4月に商品構成の見直しを行った。同4年度の甲府和戸店の出店は延期(同6年度に中止)し,同5年度の狭山店は中止したが,同4年12月に浦和道祖土店,同5年8月,9月に江南店,境町店が同様のコンセプトのもとに開設された。その結果,粗利益率が同3年度の17.6パーセントから同4年度の20.6パーセントに改善した。また販管費の削減により,同4年度の営業損失が前年比76.8パーセント(既存店のみでは56.3パーセント)に縮小した。
しかしバラエティ型ホームセンターは,専門性という点で一定の限界があり,同業態競争者の出店増加に伴う価格競争が激化したこともあり,予想したとおりにはライフボックスの利益率が改善しないため,さらに商品の差別化を明確にし,価格競争に巻き込まれることの少ない,専門性を活かせる商品構成に転換していく経営戦略を模索することとし,同5年12月にそのための竜王町店改造プロジェクトチームを結成し,具体的な経営計画の検討に着手した。そして同6年度以降,収益性の上がる企業体質への変革を図り,DIY型ホームセンター,すなわち,日曜大工用品等を中心に,インテリア,園芸等を付加した専門性の高い商品群へと業態を転換していくこととなり,同6年4月から6月にかけて,各店舗で順次商品構成の変更等が行われた。同7年度の計画上,前年度比で,粗利益率は4パーセントの改善,営業損益は営業損失の半減が目標とされていたが,同7年度上期の実績では,粗利益率が前年上期比4.9パーセントアップ,営業損失も前年上期比50パーセント減とほぼ計画に近い改善を示した。
3 ライフボックスは,設立当初よりその資金需要を,いなげやの出資並びに同社からの借入及び同社の保証による金融機関からの借入によって賄っていたが,いなげやは,業態変更を含む中長期経営計画及び資金計画に基づき,ライフボックスに対する貸付及び同社の増資に対する出資を行った。同5年3月期以降ライフボックスに対するいなげやの貸付が増加するのにつれ,同社の保証による金融機関からの借入が左記のとおりほぼ同額減少した。
同4年3月期
ライフボックスの負債総額 43億8800万円
いなげやの貸付 9億円
いなげやの保証 31億2700万円
(合計40億2700万円)
同7年3月期
ライフボックスの負債総額 47億1430万円
いなげやの貸付 39億円
いなげやの保証 8800万円
(合計39億8800万円)
金融機関からの借入金利につき,いなげやとライフボックスとに差があるため,いなげやグループは金利軽減の利益を享受することとなった。
4 いなげやは,ライフボックスの財務体質及び収益力を改善させ,より早期に経営を軌道に乗せることが可能になるとの経営判断から同社に対する経営支援の一環として,同7年4月に,同6年4月以降分について,いなげやのライフボックスに対する貸付金の金利の支払いを猶予する措置をとった。
また,ライフボックスは,同7年3月期に,財務体質の強化を図るため,前記のとおり減資を行ったが,いなげやは,その機会にライフボックスの株式について減資相当額10億7100万円の評価減を計上した。
5 竜王町店の経営実績の推移
竜王町店は,同5年7月,店舗規模の縮小を行った。同6年4月から6月にかけてのDIY型ホームセンターへの業態転換後も営業譲渡による店舗の撤退等をも検討したが,営業継続が最も収益改善に効果があると判断されたため,同年9月に同8年度営業利益の黒字化を見込んでDIY型ホームセンターとして営業を継続することに決した。同4年度と同6年度の営業実績の比較は左記のとおりである。
同4年度 同6年度
差し入れ保証金 652百万円 318百万円
賃料支払額 137百万円 69百万円
人件費 209百万円 89百万円
売上高 2147百万円 694百万円
営業損失 166百万円 152百万円
粗利益率(%) 19.5 23.0
営業総利益率(%) 22.0 35.3
二 ライフボックスの事業継続に関し,いなげやの取締役の善管注意義務違反を疑うべき事由について
1 商法294条に定める業務検査役選任権は,いわゆる少数株主権の一つとして,コーポレートガバナンスの観点からも重要な意味をもつ権利である。株主は,企業の実質的所有者として会社を支配し,株主総会で議決権を行使して会社の基本的事項を決定するほか,株主代表訴訟提起権,取締役の違法行為差止請求権等によって取締役の業務執行を監督是正するのであるが,そのためには会社の業務財産の状況について詳細かつ正確な情報を得る必要があるからである。そこで同法294条は,取締役の責任を定める同法266条とは異なり,法令・定款違反の重大な事実を疑わせる事由があれば足りると規定している。もっともその違いは,「存在」と「疑い」の違いであって,経営判断との関係でいえば,同法294条の場合の方が同法266条におけるよりも取締役の裁量が狭くなるというものではない。取締役の経営判断に逸脱があったことが証明できない場合であっても,それを疑わせる事由の証明があれば検査役が選任されるというにとどまる。
いなげやは,ライフボックスの経営が当初の計画どおりには進展せず,その事業を今後どうするかという決断を迫られた局面において,従来の業務形態を継続するのでは状況の改善が望めないことが明らかであり,このまま手を拱いて同社の倒産という事態に至れば,それまで注ぎ込んだ資金の回収が不能になるだけでなく,企業としての信用失墜等いなげやの事業全体に著しい悪影響を及ぼす恐れがある状況で,業態変更を行えば,長期的には経営改善の見込みがあるとの認識判断の下に,経営上の決断としてライフボックスの業態変更を行い,それに必要な資金を投下した。
本件において選択されたように,将来にかけて積極策を採り,投資を拡大すれば,その分リスクも増大する。撤退を決断して手を引いてしまえば,損失拡大の危険はなくなるが,既に生じた損失は確定し,損失を回復するチャンスも失われるし,企業としての信用失墜等,事業の挫折による種々の悪影響を直ちに心配しなければならない。積極策か消極策か,こうした企業行動の決定は,流動的かつ不確実な市場の動向の予測,複雑な要素が絡む事業の将来性の判定の上に立って行われるものであるから,経営者の総合的・専門的な判断力が最大限に発揮されるべき場面であって,その広範な裁量を認めざるを得ない性質のものである。もともと,株式会社の取締役は,法令及び定款の定め並びに株主総会の決議に違反せず,会社に対する忠実義務に背かない限り(商法254条の3),広い経営上の裁量を有しているが,右のような最も困難な種類の経営判断が要請される場面においては,とくにそのことが妥当するというべきである(なお,積極策を採る場合にも,それが損失を一気に挽回し得るものでなければならないとする理由はないし,既に当該事業により損失が発生しているからといって,再建か撤退かの判断に当たって裁量の余地が小さくなるものではない)。したがって,右のような判断において,その前提となった事案の認識に重要かつ不注意な誤りがなく,意思決定の過程・内容が企業経営者としてとくに不合理・不適切なものといえない限り,当該取締役の行為は,取締役としての善管注意義務ないしは忠実義務に違反するものではないといえよう。
商法294条に則していえば,経営判断の前提となった事実の認識に重要かつ不注意な誤りがあったこと,又は,意思決定の過程・内容が企業経営者としてとくに不合理・不適切なものであること,をそれぞれ疑うに足りる事由がある場合には検査役を選任すべきであると解される。もとより「疑フヘキ」とは,単なる可能性をいうものではなく,右事実を合理的に推認し得ることを意味する。
2 本件の場合,「いなげやの取締役が事業継続に関する適切な経営判断をせず,損失拡大阻止のための有効な措置をとらないまま事業を漫然と放置し,回収可能性の検討や同社の再建策の構築を十分行うことなく,漫然とライフボックスに対して貸付及び増資額の払込を行った」ことを「疑フヘキ事由」に該当するかを検討すべきは,ライフボックスに巨額の純負債が生じ,竜王町店の営業が計画に及ばないことが明らかになった平成4年3月期以降もいなげやの取締役がライフボックスの事業廃止,竜王町店の閉鎖を行わず,ライフボックスの粗利益率の改善を目的とした対策を執り,ライフボックスに対し多額の貸付及び増資(合計37億円)を行ったこと,その対策にもかかわらずライフボックスの純負債額は拡大し,全社的にも,竜王町店についても売上が逓減し,売上予測と実績との間に前記(第一,一1)のような多額の齟齬を生じていることである。
(一) ライフボックスは未だ倒産していないから,いなげやが,平成4年3月期以後にライフボックスの事業に投下した資金37億円全額について損失を被ったと断ずることは適当ではないが,ライフボックスが同7年3月期に9割減資を行い,これに伴い,いなげやがライフボックスの株式につき,10億7100万円の評価損を計上したのであるから,いなげやは,短期的には,6億2550万円(出資額の9割として計算した場合。同4年3月期以前の増資分を全額減資したものとして計算すると5億7600万円)の損失を被ったことになる(もっとも,いなげやが手を拱いてこのままライフボックスが倒産するに至れば,いなげやには少なくとも右期間内に投下した資金相当額の損害が発生するであろうことは否めない)。その原因がいなげやの取締役の善管注意義務違反である可能性も考えられないわけではないが,同4年3月期のライフボックスの純負債15億円を知りながら,いなげやの取締役が何ら対策を講ずることなく漫然と事業を放置していた等の事実が認められればともかく,単に巨額の純負債が増加し,それに応じていなげやがライフボックスに貸付を行い,同社の増資を引き受けたことから直ちにいなげやの取締役の善管注意義務違反の事実が合理的に推認されるとすることはできない。
(二) 前述のとおり,いなげやは,従前のライフボックスの営業実績を踏まえ,粗利益率を改善して事業を継続する方策を執ったのであるが,この方策を執る際に,ライフボックスの損益構造又はホームセンター業界の市場環境等に照らし,将来的にも売上高が増加することがなく,販管費の削減はできないことが事実であるにもかかわらず,売上高は増加し,販管費は減少するものといなげやの取締役が認識して積極策を採ったとするならば,その経営判断の前提となった事実認識に重要かつ不注意な認りがあったということになろう(粗利益率を改善しても売上高が損益分岐点に達しなければ意味がない)。しかし,ライフボックスはチェーンストア方式を採るから,将来的にも売上高は増加することがないと即断することは相当ではないし,販管費の絶対的・相対的削減は不可能であると断定することもできない。むしろこれは,流動的かつ不確実な市場の動向の予測,複雑な要素が絡む事業の将来性の判定にかかる事柄であり,同2年度に新規事業を開始したライフボックスの同4年3月期から同7年3月期までの短期間(これを立ち上がりの期間と定義づけるかどうかはともかく)の営業実績,経営環境を所与のものとして,右傍線部が事実であり,その認識に誤りがあった疑いがあるとすることは妥当ではないと考えられる。
(三) 売上予測と同実績には差異があるが,売上予測を立てた期中に事情の変化があったのだから予測と売上実績に違いがあるのはむしろ自然であるといえる(前記のとおり同5年3月期には,同4年4月にバラエティ型ホームセンターに変更したこと,東甲府の和戸店の開設を延期したこと,同6年3月期には,同5年7月に竜王町店を縮小したこと(これに伴い売上高が10億円減少した),同年8,9月の江南店,境町店の開設があったこと,同7年3月期には,同6年4月ないし6月にDIY型ホームセンターに変更していることがそれぞれ認められる)。したがって,右の差異をもって,売上予測作成時に,取締役の認識に重要な誤りがあったこと又は意思決定の過程・内容に企業経営者としてとくに不合理・不適切なものがあったことを疑わせる事由に該当するということはできない。
(四) その他ライフボックスの事業の継続の前提となる事実の認識に重要な誤りがあったことを疑わせるに足りる事実を認めることはできないし,いなげやの執った対策について意思決定の過程・内容が企業経営者としてとくに不合理・不適切なものがあったことを疑うに足りる事実を認めることもできない(なお,前記認定のとおり事後的に見ても右対策は一定の効果を上げている)。
(五) 竜王町店の営業継続についても,右同様,前提となる事実の認識に誤りがあったことを推認させるに足りる事由又は意思決定の過程・内容に企業経営者としてとくに不合理・不適切なものがあったことを疑わせる事由は認められない。
3 よって,ライフボックスの事業及び竜王町店の営業の継続について取締役の善管注意義務違反を疑わせる事由を認めることはできず,申請人の主張は理由がない。
三 商法285条ノ6第3項又は285条ノ4第2項違反を疑わせる事由について
1 商法285条ノ6第3項又は同法285ノ4第2項に基づく資産評価が利益処分を基礎づけることからすると,右各条項に違反する事実が常に商法294条の予定した「重大ナル事実」に該当しないとまでは断じ難いが,本件の場合は,仮に右各条項に違反する事実があったとしても,いなげやには評価減を明らかに上まわる留保利益があり,利益処分は可能であったから(甲8ないし10),単に右各条項違反の事実だけでは「重大ナル事実」には該当しないものと考えられる。もっとも,その点は措くとしても,左記のとおり右各条項に違反する事実を疑わせる事由は認められないから,結局,申請人の主張は理由がない。
2 商法285条ノ6第3項について
「取引所ノ相場ナキ株式ニ付イテハ其ノ発行会社ノ資産状態ガ著シク悪化シタルトキ」には当該株式の評価を相当な減額をしなければならないとされているが,対象会社の純資産が悪化した場合であっても,相当の期間内に回復する見込があると認められるときは,それを前提とした配当政策を採っても資本充実・維持の原則に反するとはいえないから,減額は強制されないと解される。
本件の場合,平成4年ないし同6年の各3月期において,ライフボックスが債務超過の状態にあったことは確かであり,問題は株式の評価減をすべき資産状態の悪化であったという疑いがあるか,あるいは相当の期間内に回復する見込があると認めることができない疑いがあるかである。
対象会社が債務超過の状態であったとしても,それが事業開始に当たっての事業計画及びその後の再建計画で予定された資金投下の結果であるとすれば,債務超過が実質的には資本の欠損と見られることがあり,また,資産状態の回復の見込の判断に当たっては,その事業計画及び再建計画の存在を考慮しなければならない。資金投下が,右各計画上,会社の資産状態が相当の期間内に回復する見込があるとしてなされたものであれば,右事業計画又は再建計画が不合理であればともかく,債務超過の一事をもって「会社ノ資産状態ガ著シク悪化シタ」とはいえない(このような場合株式の評価減を義務づけることは,取締役に自己の経営判断と矛盾した行為を強いるも同然であり妥当ではない)。
ライフボックスは,いなげやが長期的な展望に立ち商業集積の柱となる新規事業の開拓を目的として設立した株式会社ではあるが,いなげやの全額出資子会社であるため,その初期資本は1億円でしかなく,借入過多・資本過小の形態をとっていた。そのため数度の増資を経た同4年ないし同6年の各3月期においても債務超過となっていたが,債務のほとんどがライフボックス設立の目的及び同社再建の目的にそった資金投下(いなげやからの借入及び同社の保証による金融機関からの借入)の結果である。そして,ライフボックスの設立はもとより,再建計画(いなげやが積極策を採ったこと)も不合理であるとの疑いを認めることもできないから(前記二),右各3月期においてライフボックスは債務超過状態にあり,いなげやは株式の評価減を行っていないが,いなげやの業務執行に関し法令(商法285条ノ6第3項)に違反する事実があることを疑うべき事由があると認めることさえもできない。
3 商法285ノ4第2項について
右条項に定める取立不能のおそれあるときとは,債務者の資産状態,取立のための費用及び手続の難易などを総合し,企業関係者の社会通念に従って回収不能のおそれあるときをいう。債務者の資力が重要な要素であるから,貸付先が債務超過にある場合には,一般に債権の回収不能のおそれがあるか否かを検討すべきであることは当然であるが,本件の場合は,前記2に述べたのと同様,各3月期の債務超過をもってライフボックスに対する債権の回収不能のおそれを疑わせる事由とすることはできないのであって,当該債権の評価減を行っていないからといって,いなげやの業務執行に関し法令(商法285ノ4第2項)に違反する事実があることを疑うべき事由があると認めることさえもできない。
四 以上のとおり,いなげやの業務執行に関し,法令又は定款に違反する重大な事実を疑うべき事由のあることを認めることはできないから,主文のとおり決定する。
(裁判官 棚橋哲夫)